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糖尿病網膜症

糖尿病網膜症とは

  • 糖尿病網膜症とは、糖尿病が原因で網膜に障害を生じ、視機能を低下させる病態の総称です。
  • 糖尿病は血液中の糖分が高くなりますが、この状態が長期に渡ると血管の壁が障害されていきます。網膜は神経組織であり、酸素の消費量が多く血管も豊富な組織ですので、特に糖尿病の影響を起こしやすい器官です。
  • 血管の中でも特に毛細血管が障害を起こしやすく、毛細血管が詰まったり、血管の壁が破綻して網膜に出血や浮腫を起こしたりするようになります。
  • 毛細血管が詰まる領域が広範囲になってくると、網膜は酸欠状態になってしまうため、血管新生を促すホルモン(VEGF)を多量に出し始めます。そしてVEGFにより、新生血管という未熟で脆い血管が網膜の表面に生じてきます。
  • この新生血管は脆いため、容易に破れて眼の中で出血を起こします(硝子体出血)。また新生血管から漏れ出した血液の内容物が網膜の表面に膜状の組織を作り(増殖膜)、増殖膜が収縮して網膜剥離を起こすこともあります。また、新生血管が虹彩など眼の前の部分に生じてくると、難治性の緑内障を発症します(血管新生緑内障)。
  • 糖尿病網膜症はかなり進行するまで症状が出ないことも多くあります。そのため、定期的な検診を受けることが極めて重要です。

糖尿病網膜症の分類

糖尿病網膜症は進行の程度により大きく分けて3段階に分類されます。

1.単純糖尿病網膜症

この段階では、毛細血管のコブ(毛細血管瘤)が生じたり、網膜に小さな出血(点状出血、シミ状出血、斑状出血)を生じます。血管からタンパク質や脂質が網膜内に漏れ出すと網膜内に白い結晶を生じることがあります(硬性白斑)。この段階ではまだ自覚症状がないことがほとんどですが、糖尿病黄斑浮腫を合併すると視力が低下することがあります。

単純糖尿病網膜症の段階であれば、血糖コントロールにより糖尿病の状態を改善することで正常な状態に戻ることが期待できます。

単純糖尿病網膜症
毛細血管瘤、網膜内出血、硬性白斑がわずかに見られる

2.前増殖糖尿病網膜症

毛細血管の詰まる領域が出てきた段階です。この段階では、眼底に網膜の虚血を示す所見である軟性白斑(白い綿状の変化)や、網膜内の毛細血管の走行以上(網膜内細小血管異常:IRMA)が見られます。眼内にVEGFが産生されてきている状態であり、網膜の表面に新生血管も生じ始めます。

前増殖糖尿病網膜症に至ると視力低下を自覚し始めることがありますが、黄斑部に問題がなければ自覚症状がないことも多いです。

治療は、この段階まで至ると血糖コントロールのみでは改善は期待できないことが多く、多くの場合網膜光凝固(レーザー)治療を必要とします。

前増殖糖尿病網膜症
毛細血管瘤、網膜内出血、硬性白斑が目立ち、軟性白斑も多発している

3.増殖糖尿病網膜症

更に進行した状態で、網膜の表面に生じた新生血管が増え始め、硝子体中に向かって伸びていきます。この新生血管が破れると眼の中で出血を起こします(硝子体出血)。また新生血管から漏れ出したタンパク質などにより、増殖膜といわれる線維性の膜ができ、これが網膜を引っ張って網膜剥離(牽引性網膜剥離)を起こすことがあります。

この段階になると、多くの場合視力低下を自覚します。治療には手術が必要ですが、手術を行っても視力が戻らないこともあります。

増殖糖尿病網膜症
増殖膜(矢印)が広範囲に生じてきている
硝子体出血のイメージ図(日本眼科学会HPより引用)
硝子体出血のイメージ図
(日本眼科学会HPより引用)
牽引性網膜剥離のイメージ図(日本眼科学会HPより引用)
牽引性網膜剥離のイメージ図
(日本眼科学会HPより引用)

糖尿病網膜症の合併症

糖尿病黄斑浮腫

糖尿病により血管の壁が障害されると、血管内の水分が網膜内に漏れ出す事があります。漏れ出した水は特に黄斑部にたまりやすく、黄斑部が浮腫を起こし視力低下を生じます。治療は抗VEGF薬の硝子体注射を行います(治療の詳細は「硝子体注射」をご参照下さい)。

糖尿病性視神経症(虚血性視神経症)

視神経に酸素や栄養を供給する血管が糖尿病の影響で詰まることがあります。視野欠損や視力低下を起こし、時に高度の視力・視野障害を生じます。

血管新生緑内障

VEGFにより発生する新生血管は、網膜や硝子体だけでなく、虹彩にも生じることがあります。虹彩に発生した新生血管により、房水の流出口である隅角が癒着してしまうと、房水の流出が悪くなり眼圧が上昇してしまいます。これが血管新生緑内障ですが、非常に難治性の緑内障であり手術を含めた治療を行っても失明に至るリスクが極めて高い病気です。

糖尿病網膜症の治療

  • 糖尿病網膜症の主な病態は、毛細血管閉塞に伴い網膜に血液が行き渡らない領域(無血管野)が発生し、そのため血管新生を促すホルモン(VEGF)が多量に産生されることで新生血管を生じていきます。
  • そのため、糖尿病網膜症の治療では、眼内でのVEGFの発症を抑えることが重要になります。どの段階の糖尿病網膜症であっても、根本的な血糖コントロールを行う必要があることは当然ですが、無血管野が広がってきた段階(前増殖糖尿病網膜症)では、VEGF産生を抑えるための眼の局所治療も必要になってきます。
  • VEGFを産生させないようにするために行う治療が網膜光凝固(レーザー治療)です。レーザーを行った部分の網膜は酸素を消費しなくなります。そのため、無血管野にレーザーを行うことで、VEGFの産生を抑えられるようになります。
  • レーザー治療自体は視力を改善させる効果はありません。「間引き」のような意味合いであり機能している網膜を犠牲にする治療であるため、むしろ治療後は視野が若干暗く感じたりすることがあります。
  • 増殖糖尿病網膜症まで至ったり、硝子体出血を併発した場合には、硝子体手術を行います。硝子体手術の詳細は「硝子体手術」の項目をご参照下さい。

治療例1:増殖糖尿病網膜症 64才 男性

術前視力(0.07)→術後視力(0.2)

  • 増殖糖尿病網膜症による視力低下のため紹介で受診した。眼底写真・断層写真では視神経から黄斑部にかけて網膜の上に広範な増殖組織が見られた(矢印)。
  • 硝子体手術を施行、増殖組織を丁寧に除去し、網膜の周辺部にレーザー治療を追加した。
  • 手術後網膜はきれいになり、視力は手術前と比較して改善した。
  • 本症例のような、高度の増殖組織を生じた糖尿病網膜症は、視力予後が極めて不良です。治療には手術しか方法はありませんが、増殖組織は網膜との癒着が強く、硝子体手術の中でも特に高度な技術が必要です。

術前 視力(0.07)

術前 視力(0.07)

術前 視力(0.07)

術後 視力(0.2)

治療例2:増殖糖尿病網膜症・硝子体出血 51才 男性

術前視力(0.02)→術後視力(1.0)

  • 元々糖尿病で内科に通院していたが、数日前から急激に右眼が見づらくなったため受診。増殖糖尿病網膜症による硝子体出血を生じていた。眼底写真では、硝子体出血のため眼底がぼやけている。
  • 白内障・硝子体同時手術を施行、出血と硝子体と硝子体を除去し、周辺部網膜にレーザー治療を行った。
  • 手術後視力は著明に改善した。

術前 視力(0.02)

術前 視力(0.02)

術後 視力(1.0)

術後 視力(1.0)