7月に執刀した手術は、①白内障手術 77件、②白内障硝子体同時手術 18件、③硝子体単独手術 4件、④硝子体手術+眼内レンズ強膜内固定術 1件(眼内レンズ落下)、⑤白内障手術+緑内障手術(流出路再建術) 1件でした。7月は武蔵野市の眼科様と練馬区の眼科様より裂孔原性網膜剥離の患者様のご紹介があり、緊急で硝子体手術を行いました。

さて、表記の黄斑前膜に対する硝子体手術についてですが、黄斑前膜の手術時には当然黄斑前膜の剥離を行いますが、更に網膜の最表層の組織である内境界膜の剥離も行うことがあります。この内境界膜という組織は、網膜内のミュラー細胞という細胞の基底膜と言われており、網膜の中ではやや硬めの組織で、視機能には関わっていません。そのため、内境界膜を剥離することで網膜が伸展しやすくなり、黄斑円孔などの手術ではガス・空気タンポナーデを併用することで黄斑円孔閉鎖などの効果が期待できます。黄斑前膜の手術においても、網膜皺壁が伸びることで歪視や視力改善が期待できることから、内境界膜剥離を行うことも一般的になってきていますが、論文での報告においては有意な視機能改善効果があるという報告がある一方で、視力予後が悪くなるという報告もあり、また黄斑前膜再発予防に関しても効果があるという論文と、有意差はないという論文もあり、内境界膜剥離を行うべきかどうか網膜硝子体術者の間でも一定の見解はありませんでした。

HEIDELBERG社より提供

単独の臨床研究においてはランダム化比較試験(RCT)が最もエビデンスレベルが高いとされていますが、RCT研究を更にデータ統合して行うメタアナリシスが更にエビデンスレベルが高いと言われています。そして、黄斑前膜手術における内境界膜剥離に関する多数の論文のデータを統合解析したメタアナリシスの報告が、①2021年にアメリカの高名な眼科雑誌であるAmerican Journal of Ophthalmologyに(Effects of Internal Limiting Membrane Peel for Idiopathic Epiretinal Membrane Surgery: A Systematic Review of Randomized Controlled Trials. 2021 American Journal of Ophthalmology)、②2024年にスイスの眼科雑誌であるOphthalmologicaに掲載されました(Pars Plana Vitrectomy with or without Internal Limiting Membrane Peel for Epiretinal Membrane: A Systematic Review and Meta-Analysis. 2024 Ophthalmologica)。AJOでは7論文387眼を対象に、Ophthalmologicaでは19論文1291眼を対象に解析をしており、両者ともほぼ同様の結果でした(メタアナリシスのため、解析内で両方の研究でデータが扱われた論文もあります)。結果としては、


・①、②とも、黄斑前膜のみ剥離群と内境界膜剥離群の両群とも手術後有意に視力は改善し、両者の間で手術後視力・視力変化量ともに差はなかった。
・①、②とも、内境界膜剥離群において有意に黄斑前膜の再発率が低かった。
・①、②とも、内境界膜剥離群において有意に手術後中心窩下網膜厚が厚かった。

というものでした。これらの結果からは、内境界膜剥離を行っても行わなくても手術後視力に差はなく改善するが、内境界膜剥離を行った方が再発は抑えられるということが分かります。一方で、内境界膜の直下には網膜神経線維層があり、網膜神経線維層の障害は視野障害を生じる可能性があることや、文献的にも内境界膜剥離後に生じた視野障害の報告もあるため、内境界膜剥離はできる限り行わないほうが良いという意見もあります。

そのような中、個人的には下記の通り手法を選択しています。
・緑内障合併例は、内境界膜剥離により視野障害悪化のリスクが高いことから、内境界膜剥離は行わず黄斑前膜剥離のみ行う。
・緑内障非合併例は、内境界膜剥離による視野障害悪化のリスクは低いため、再発予防効果を優先して内境界膜剥離を行う。

ただ、黄斑前膜の癒着が強い症例では、黄斑前膜剥離の際に内境界膜が一緒に剥離される事も多いため、完全な剥き分けはできないことも良くあるということは念頭に置いておく必要があります。