白内障手術では、濁った水晶体を取り除き、その代わりに眼内レンズ(IOL)を挿入します。この際、「どの度数のレンズを入れるか」は事前に眼の各種データを測定し、屈折予測式を用いて計算されます。患者さんが術後に「遠くをよく見たい」「近くを重視したい」などといった希望に応じて目標の焦点距離を設定し、それに合うレンズ度数を選択する、いわば“屈折矯正手術”の側面も持ち合わせます。

しかし実際には、術後の屈折度数が予測値と完全に一致するとは限りません。一定の割合で、どうしても誤差が生じます。

どの程度ずれるのか?―エビデンスから見る実態

日本の白内障屈折矯正学会が主導した、多施設共同研究による術後屈折誤差の分布が報告されています(Nationwide multicentre comparison of preoperative biometry and predictability of cataract surgery in Japan. Br J Ophthalmol 2022)。

その結果、短眼軸や長眼軸といった特殊な眼を除いた、いわゆる「平均的な眼」では、予測式として普及率の高いSRK/T式、Barrett Universal II式に2式においてほぼ同等の結果で、

「 予測値から ±0.25D以内 に収まった割合は 約45%±0.5D以内 に収まった割合は 約74%

と報告されています。さらに同研究では、1.0D以上の大きな屈折誤差が生じる眼も約5%程度存在することが示されています。頻度としては高くありませんが、一定数の患者さんでは日常生活に影響を及ぼし得るレベルのずれが生じる可能性がある、という点は重要です。

言い換えると、「平均的な眼」であっても4人に1人以上は0.5Dを超える誤差が生じているということになります。これは、現在の白内障手術が決して「0.1D単位で完全にコントロールできる屈折矯正手術」ではない、という現実を示しています。

さらに精度が低下しやすい眼

すべての眼が同じ精度で予測できるわけではありません。先の報告を含め、以下のような眼では、屈折予測精度がさらに低下することが報告されています。

  • 短眼軸眼:眼軸長が短い眼では、レンズ位置予測のわずかな誤差が屈折結果に大きく影響します。
  • 長眼軸眼:近視が強い眼では、眼軸長測定誤差や予測式の限界が影響しやすくなります。
  • LASIKなど角膜屈折矯正手術後眼:角膜形状が人工的に変化しているため、角膜屈折力の評価そのものが不確実となり、精度が下がります。

これらの眼では、±0.5D以内に収まる割合がさらに低下し、1D以上の誤差が生じるリスクも高まると報告されています。

なぜ誤差が生じるのか

屈折誤差が生じる理由は一つではありません。

① 予測式に含まれない眼の個別性
屈折予測式は、角膜曲率、眼軸長、前房深度など限られたパラメータを基に作られています。しかし、実際の眼にはそれらのパラメータだけでは表現しきれない個体差があります。

② 生体としての「ゆらぎ」、手術侵襲の影響の個人差
測定そのものにも日内変動や測定誤差があり、さらに手術後の創部治癒や前房構造の変化も眼ごとに異なります。同じ手術操作を行っても、眼が示す反応は均一ではありません。

③ 眼内レンズそのものの個体差
意外に見落とされがちですが、眼内レンズ自体にも製造上のばらつきがあります。厚生労働省の承認基準においても、例えば平均的な眼で使われる15D~25Dの眼内レンズでは±0.4Dの誤差が許容範囲とされています。つまり、理論上は「規格通り」のレンズであっても、度数に一定の幅が存在するのです。

術中計測(ORA)は万能なのか?

近年、術中屈折計測システムである ORA(Optiwave Refractive Analysis)が使用されるようになってきました。術中に実測値を得られるという点で期待されましたが、現時点では既存の屈折予測式を明確に上回る精度が示されているとは言えません

その理由として、
– 手術操作による角膜・前房への影響が十分に勘案されないこと
– 計測時の眼圧を眼の元々の眼圧値に関わらず一律に調整するため、眼ごとの生理的な状態とは異なる条件で測定されていること

などが挙げられます。

臨床現場では、術翌日の屈折度が予測値から外れていた眼が、その後数日以内に0.5Dを超える変化を示し、結果的に予測値に近づいてくるといった経過を辿ることも少なからず経験されます。このような症例では、もし術中にORAの測定値を強く信頼して眼内レンズ度数を変更していた場合、最終屈折結果としては逆に0.5D以上の誤差を生じていた可能性があります。 これは決して稀な現象ではなく、白内障手術においては術中操作や術直後の眼内環境の変化が、それだけ大きく屈折結果に影響し得ることを示しています。こうした背景から、ORAは屈折予測の「答え」を与える装置ではなく、あくまで補助的な情報の一つとして慎重に用いるべきものです。

当院では、ORAは少なくとも現状において、屈折精度を本質的に向上させる決定打にはならず、使用法によっては弊害になることも多いと考え、使用はしていません。

視力検査・屈折値そのものの「ゆらぎ」について

ここで強調しておきたいのは、屈折値や視力検査そのものも決して固定された数値ではないという点です。日常診療においても、

  • 同じ患者さんでも検査日が違えば
  • あるいは同じ日でも検査のタイミングや測定条件が異なれば

0.25D程度の差が生じることは珍しくありません。これは測定誤差というよりも、生体としての眼が本来持っている変動幅と考えるのが自然です。

このため、白内障手術後に生じる屈折誤差が0.5D以内に収まっている場合、多くの症例では日常生活上の大きな問題になることはほとんどありません。一方で、1.0D以上の誤差は、この生理的な変動幅を明らかに超えるため、見え方への影響や患者満足度の低下につながりやすくなります。

さらに付け加えると、屈折度は加齢に伴って経年的に変化し得るものです。これは白内障手術を受けたかどうかに関わらず起こり得る現象であり、

  • 角膜形状のわずかな変化
  • 眼軸長や前房構造の変化
  • 加齢に伴う眼全体の生体特性の変化

などが影響すると考えられています。

したがって、術後ある時点で測定された屈折度が「一生変わらない最終値」であると捉えるのは現実的ではありません。白内障手術後の屈折度も、長期的には一定の幅で変動しうる数値であることを理解しておくことが重要です。

まとめ:白内障手術の屈折精度をどう捉えるか

白内障手術は視機能を大きく改善する非常に有効な治療ですが、その屈折精度には構造的な限界があります。4人に1人は0.5D以上ずれているという事実を、術者側も患者側も正しく理解しておくことが重要です。

医療者側も、手術の手技をなるべく均一化する、複数の測定機器を使用するなど、精度を高める努力はしていく必要がありますが、患者側も、白内障手術は「完璧に狙った度数に仕上がる手術」ではなく、「一定の幅をもった医療行為」であることを理解し、現実的な目標設定を行うことが、結果として満足度の高い治療につながると考えています。