11月に執刀した手術は、①白内障手術 65件、②白内障硝子体同時手術 16件、③硝子体単独手術 2件、④白内障手術+緑内障手術 3件(線維柱帯切除術 1件、プリザーフロマイクロシャント 2件)でした。11月は裂孔原性網膜剥離の緊急手術と水晶体落下の緊急手術がありました。
さて、黄斑前膜についてですが、黄斑前膜は視力低下の原因にもなりますが、歪視や不等像視(大視症、小視症。物の大きさが左右で異なって見える症状。)、コントラスト感度低下など視力以外の症状の原因にもなり、QOL(生活の質)を低下させます。一方で、多くの眼科医は視力のみで黄斑前膜の病状を評価する傾向にあるため、例えば患者さんが視力は(1.0)出ているものの、歪視や不等像視で困っていても、「視力がいいからまだ手術は不要」と言われてしまうことが多くあります。では、黄斑前膜による症状はどの程度生活の質に影響するのでしょうか?果たして視力が良ければ生活の質は下がらないのでしょうか?
例えば、加齢黄斑変性で網膜の中心部である黄斑部が障害され、矯正視力が(0.3)程度しか出ない患者さんが、それほど日常生活で苦労されていないことはよくあります。これは、網膜の中心部のごく限られた領域のみの障害であり、中心部の障害のため視力は低下してしまうものの、それ以外の網膜は問題がなく視野も概ね正常であるがためです。一方で、網膜色素変性症で黄斑部はまだそれほど障害されておらず、矯正視力は(1.0)出るものの、中心付近の視野しか残されておらず、著しく生活に支障をきたしていることもよくあります。このように、視力だけではQOLへの影響は評価できないことが分かります。
2009年に筑波大学のグループから、黄斑前膜とQOLの関係についての論文がアメリカの高名な眼科ジャーナルであるAmerican Journal of Ophthalmologyに報告されました(Effect of vitrectomy for epiretinal membrane on visual function and vision-related quality of life. Am J Ophtalmol. 2009)。この報告では、黄斑前膜は健常人と比較して優位にQOLを低下させますが、特に歪視がQOLスコアと相関があり、視力やコントラスト感度はQOLと相関がありませんでした。また同論文では、黄斑前膜の手術によりQOLは改善しますが、QOLの改善と優位に相関があったパラメーターは、術後の歪視の程度と視力であったと報告されています。この報告からも、黄斑前膜では「視力が良いからといって、患者さんの症状が軽度とは限らない」ことや、「視力が良いから治療適応がない」とは言えないということが分かるかと思います。
また、物の大きさが左右の眼で異なって見える症状である不等像視は、1-3%で違和感が生じ始め、3-5%で両眼視機能が維持できなくなり、5%以上で複視(二重に見える)という症状が出ると言われています。左右の度数の違いを眼鏡で矯正可能な屈折の差は2D(ジオプター)までと言われていますが(それ以上の差を眼鏡で矯正しようとすると、像の大きさの差を脳が融像できなくなり二重に見えてしまう)、5%の不等像視は約2Dの屈折差に相当するということになります。2Dの屈折差は(コンタクトレンズでの矯正を除き)日常生活への影響が大きくなりますが、黄斑前膜では5%以上の不等像視を生じることも稀ではなく、また不等像視は手術でも改善しづらい症状であるため、不等像視の自覚が出始めた場合には、視力が良いからといって悪化するまで様子を見ることは望ましくないと言えます。
以上から、黄斑前膜の手術をするかどうかの判断にあたり、視力はそれほど重要な要素ではないと言えるかと思います。生涯無症状の方もいますが、症状が出始めると多くの場合は徐々に悪化する病気であること、また歪視や視力は手術による改善が期待できるものの、悪化してからの手術では早期の手術と比較して術後視機能が悪くなること(残る歪視が大きくなり、最終視力も不良になる)、不等像視は手術でも改善しづらいことなどから、視力低下はもちろんですが、視力が良好であっても、歪視や不等像視症状の自覚が出始めた段階で治療を考慮すべきと思われます。